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2001年03月06日
ロシア語
ロシア語とのかかわりは、数年前にさかのぼります。
私は、京都で開かれた温暖化防止京都会議の仕事にかかわり、そこでグルジア人の同じ年の女性と仲良くなりました。彼女は地理学者で、とても暖かな雰囲気をもつ人でした。何となく波長が合い、すっかり意気投合し、彼女は「ぜひ夫婦で、私のふるさとへ遊びに来てほしい」と言って、メールアドレスを残して帰国していきました。
グルジア人はグルジア語を話します。しかし、日本でグルジア語を学ぶのは大変困難。
旧ソ連の構成国家の一つであったグルジアでは、ロシア語が第2公用語でした。
直行便もなくモスクワ経由。さらに現地では英語はほとんど通じないとの話で、「よーし、サバイバルできるレベルのロシア語を学んで絶対彼女に会いに行こう」と決意したのです。グルジアという未知の国へのあこがれも、意欲をかきたてました。
まず私がしたのは、NHKのラジオ講座を欠かさず聞くことでした。それから、当時住んでいた地元の国際交流センターの掲示板で、ロシア語を教えてくれるブルガリア人女性を見つけました。この女性とも互いに夫婦ぐるみで仲良くなりました。キリル文字が一緒なのもあり、彼女は、幼いころからロシア語を学んでいました。日本語は全くだめでしたが、英語が堪能(TOEFL650)で、コミュニケーションには問題がありませんでした。
彼女の勧めで、イギリスの出版社が出している、「TEACH YOURSELF RUSSIAN」という本で、旅行ロシア語を学びはじめました。カセットつきで、洋書売り場に、他の言語のシリーズとともにまとめて置いてあることが多いです。内容も興味が持て、かなり優れた教材です。
説明がすべて英語なので、格の概念の把握などが最初は大変でしたが、熱心な個人教授のお陰で,一冊を半年弱で終えました。グルジアにも行けることになり、大手書店を回ってカセットブック「BREAKTHROUGH RUSSIAN」やナウカの古いテキスト「ロシア語を話しましょう」、「コンタクト」などを買いあさり、眠る前に聞きまくりました。当時は、本当に仕事が忙しかった(帰宅は早くて午後11時、宿直は月3,4回)のですが、「グルジアに行きたい」という情熱で、やりぬきました。
ナウカの教科書を探しに、そのためだけに神保町の本店まで行きました。
ロシア語の文法は大変難しいですが、慣れると非常に分かりやすくできています。しかし運用は、これまた難しいです。しかも、ふだん耳にする機会がなくて、口にもしないのですぐ忘れてしまう。でも、私はあの響きが大好きなので、耳からの学習を中心にやりました。
ロシア語圏でも、中央アジアだとか、地方によっては全く格変化をしないところもあるし、ロシア人でも文法ミスをするそうですから、難しくて当然ですね。
グルジアでは、ロシア語は予想以上に役に立ちました。話すのは難しいですが、とりあえず何を言ってるかおおまかに分かる、というのは大きかったです。実際ロシア人に「あなたは話すのはだめだけど、聞いて分かるのねえ」と驚かれました。
帰国後、せっかく学んだロシア語を忘れないようにしようと思い、学校を探しました。
しかし、ロシア語はマイナーで、私が当時住んでいた関西圏では高い学校しかありませんでした。安めのところでは、講師が素人でこれまただめでした。仕方なく、高い学校で、日本語を話せる講師から、また基礎からロシア語を学びました。同時に、東京ロシア語学院の通信講座をはじめました。これは添削が全40回あり、すべて出しましたが、内容はほとんど身についていません。
学校で知り合った講師が私用にテキストとテープを本国から調達してくれ、「個人的にも教えてあげる」と言われましたが、時間的余裕がないので、今はお休みしています。
ロシア語は独学が大変難しい言語です。できれば、個人教授や公開講座などに参加する方がいいと思います。ニフティのロシア語のフォーラムも、情報収集に役立ちました。そこで勉強法に悩んで書き込んだら、教科書とテープをただで譲ってくれた方までいました。インターネットサイトでは、無料ですぐれた教科書の一部をダウンロードできるサイトがお勧めです。
忘れてしまった部分もあり、大変省略して書きましたが、また少しずつ内容をアップデートしていくつもりです。気長にお付き合い下さい。
投稿者 show : 2001年03月06日 03:37
